早田昭浩
そうだ・あきひろ
100mを超える飛距離を武器に、サザエを駆使して65㎝5㎏オーバーの銀ワサを追い求める遠投石鯛師。
週末ともなれば、鹿児島を皮切りに、九州所狭しと駆けづりまわり、デカ判を狙う。石鯛歴は37年。自己記録は73.5㎝。佐賀在住。
遠投スタイルを置き、南方宙釣りで足元を攻める春
一年中、石鯛を追いかける石鯛師・早田昭浩。早田といえば、遠投にサザエである。50号のオモリを武器に、時に100mを超える飛距離ではるか沖のシモリを狙い撃つ。一言でいえば、忍耐。投げ込んだサザエが風景と同化して、自然との一体感をなすまでにかかる時間は30分かあるいは50分か。仕掛が『なじんだ』そのとき、はじめて70㎝を超える銀ワサが口を使うようになる。ゆえに頻繁に打ち返すことはしない。よほどエサ取りが騒がしくなければ、1時間に1投のペースである。銀ワサと呼ばれるオスの石鯛の65㎝オーバーを年間5枚。いや、むしろ70㎝オーバー、あるいは80㎝オーバー1枚を追い求めるのが早田の石鯛釣りである。
ところが、4月の釣りでは、別の餌を使うという。
「乗っ込みのこの時期は、赤貝がメインの餌ですね。撒き餌の分も入れると1日10㎏か15㎏は欲しい」
赤貝も代表的な石鯛の釣餌ではあるが、身が柔らかく喰い込みがいい一方で、遠投には不向きに思われる。
「そうですね。赤貝の場合は、足元の釣り。南方宙釣りになります」
南方宙釣りというと、ピトンにはかけず、手に竿を持つ独特のスタイルが思い浮かぶ。
「手持ちで構えて、アタリがあったら竿を送り、走り切ったところでアワセる。あと、餌を置くタナですよね。春はタナにシビアで水深25mあったとして、5mで喰うこともあれば、20mで喰うこともある。そのタナを探す釣りですね」
週末ともなれば九州所狭しと駆け回る早田であるが、四国での釣りは2回目。そして、鵜来島・沖の島海域は初めての釣り場。
「新しい釣り場はワクワクしますね」
ロクマル尾長グレの聖地が眼前に広がるグンカンという一級磯と若き石鯛師・大野
高知県は鵜来島海域に浮かぶ名礁・水島2番といえば、ロクマル尾長グレの聖地として知られている。だが、実は大型の石鯛やクチジロも釣れるとあって、水島にほど近い一級磯グンカンに降り立った早田。
そして、もう一人、石鯛に燃える若き獅子、高知在住の大野廉也も応援に駆けつけてくれた。
年はまだ26歳と若いが、石鯛歴はなんと12年。中学生のころには石鯛竿を握っていたという経歴の持ち主。
もっとも、早田にしても、石鯛歴は長い。長いというよりも石鯛以外の釣りはしないし、したことがないのである。もちろん、夏場のクエ釣りくらいはするものの、グレ釣りやイカ釣りなどは興味がないのである。
早田
「19歳から石鯛一筋ですね。ただ、僕より上の世代の話にはなりますが、グレ釣りする人よりも石鯛を釣る人の方が多くて、磯釣り=石鯛という時代もありましたからね。若いころから石鯛をやるというのは、僕の時代は珍しいほどではなかったかもしれません」
中遠投の置き竿でガンガゼを使うのが得意という大野にとって、南方宙釣りはまだまだ習得途中の釣法。
大野
「なにせ、餌代が高いですよね。毎週、捻出するにはハードルが高い。今回は、本場九州の南方宙釣りを披露していただけるので、技を吸収して帰りたいですね」
ベテラン石鯛師の空気をまといながらも、そこはまだまだ20代、餌代が高額になりがちな石鯛釣りとなんとか折り合いをつけながらも足しげく通っているのである。しかし、若者ではなくとも、高騰している赤貝は高額な餌には違いない。
「10㎏1万円くらいですかね、最近は。ひところと比べると10倍くらい値段が高騰していますもんね。困ったもんです」
底から10m切った中層から釣りを開始
穏やかな晴れた日だった。釣り場につくと、早田は細かく砕いた赤貝を船着きになっているポイントに撒いた。かなり念入りに細かく砕いていた。
早田
「細かく砕くというか、叩き潰した方が集魚力は高いです。ところで、ここのポイントの水深は?」
大野
「ボトムが25~26mです」
早田
「じゃあ、17mからやってみようか。仕掛けが絡まっても気にしないでいいから、隣で一緒に釣ろう。その方が撒き餌も効くから」
遠慮して距離を開けようとしていた大野を呼び寄せて、二人並んで竿を出す。グンカンという釣り場が規模の小さな島で、流れの向き的に岩場の割れ目の絡むポイントに抜きんでた可能性を感じたのだろう。
早田は12号の軽めのオモリをつけて、磯際に落とす。カウンター17でストップし、オモリの落ち着く場所を探す。間もなく穂先が揺れた。しばらくして竿をあげると素鈎が上がってきた。
早田
「エサ取りが多いですね。赤貝じゃもたないかもしれないな」
赤貝は喰い込みがいい一方で、餌もちが悪い。エサ取りが活発になると、釣りにならないほど餌をとられてしまう。遠征先の状況が見えない中、赤貝で勝負するのは、それなりにリスクがあり、エサ取りの様子や状況はだいぶ気にしていた。
早田
「まあ、赤貝の釣りはこんなもんです。手返し勝負。打ち返す餌が撒き餌の役割もしますし、本命が寄ればエサ取りは落ち着きますから」
その早田の持つレギスが小さくお辞儀した後、磯に張り付かんばかりに一気に絞り込まれた。 レギスⅢあわせ500を根本からひん曲げ抵抗をみせるも、早田の敵ではない。石鯛か!?と思いきや、上がってきたのはカンムリベラだった。
早田
「よくあるゲストではありますが、朝まずめのタイミングで暴れちゃったので、ちょっと場が荒れたかもしれないですね」
イシガキダイ、コブダイ、ウツボと続くにぎやかなゲストたち
ガタガタガタと穂先を小刻みに硬く揺らし、走ったところで合わせると上がってきたのは、イシガキダイ。
もちろん、70㎝、80㎝とまではいかないまでも、60㎝、せめて50㎝くらいあれば十分、ターゲットといえるが、40㎝にも満たないとなるとさすがに本命とはいいがたい。釣った本人である早田も、微妙な表情をしている。
早田
「もう、小型のイシガキダイが釣れるんですね。あるいは、年中、釣れるんですかね。水温が高い証拠ともいえるし、年がら年中、ガンガゼをいれるから居ついちゃってるのかもしれませんね」
イシガキダイは夏に釣れる魚。赤貝が活躍する春の乗っ込み期には珍しい。かといって、イシガキダイが連発する様子はない。
海が暖かいのか冷たいのか、冬なのか、春なのか、夏なのか。温暖化に翻弄される釣り師の悩みが解消される時代は訪れるのだろうか。
一方の大野は早田とは違うタナを攻めた。25号のオモリをセットし、底付近に狙いを絞る。ふたりでいち早く答えを導こうという考えもあるのだろう。その大野が持つレギスⅢにアタリがあり、きれいに走らせてブランクを曲げ切った。
でかい。石鯛か?
「だといいですけど、あのアタリとこの走り方は……」
水面に赤い物体が浮いてきた。
コブダイだ。
さらに竿を曲げる大野。だが、今度は生命感が乏しい。
大野
「ウツボですね。潮どまりが近いので、流れがないんですね。底を狙っているせいもあります」
レギスⅢという石鯛竿について
ふたりが握る竿はがま石レギスⅢ500あわせ。手持ち用の石鯛竿だ。
大野
「エントリーモデルという位置づけなのかもしれないですが、必ずしも値段が高いほど性能がいいというわけでもないというか、正直、僕、この竿、好きですね。いい感じです」
それこそハイエンドモデルから、スタイル別に複数本の石鯛竿を所有している大野だが、その中でも、レギスⅢはかなり好印象だという。
大野
「好みの問題もあると思いますが、僕は柔らかい竿が好きなんですね。入りがいい竿。そういう調子の方が走らせやすい。いま、置き竿で一番気に入っているのは、青獅子です。手持ちではほかの竿を使っていましたが、レギスⅢ、いいですね。反発が強くないというか、送り込ませやすい。これはアリですね」
では、レギスⅢと既存モデルにはどのような違いがあるのだろう。早田は言う。
早田
「手持ち用の竿というとディオガッツオがあるんだけど、レギスのあわせはそん色ない使用感がある。使っていて不満はない。ただ、比較するなら、ディオガッツオのほうが大型の石鯛を底から引きはがし、浮かせる力は強い。」
柔らかい調子を好む大野が気になるモデルがもうひとつある。
大野
「レギスⅢには手持ちっていうモデルもありますよね」
早田
「あれはちょっと癖があるというか、グラスが多いからかなり柔らかくて、もちろん、バットはしっかりしてるんだけど。ガンガゼを使うのには向いてるかな」
大野
「僕はあの柔らかさが気になっていて、もし、あわせとどっちかを買うなら、手持ちの方を選ぶかもしれません。すごくいい感触だった。でも、悩むな」
満潮→下げ潮で潮裏になり石鯛には厳しい状況
潮止まりの談笑をへて、下げの潮が走り始めた。ところが、絶海に浮かぶ小さな岩場のグンカンがまさかの潮裏になる方向の潮。ぶ厚く速い本流が流れれば、足元からの引かれ潮もあるかもしれないが、それほどの流れは出ていない。ようするに、ポイントとなる足元が実にまったりしている。
早田
「潮がふらついているというか、ここ最近、潮の流れが定まらなくて、上げ潮だからこの流れっていうのがないんですよね。潮の方向が読めないから、いい条件がそろうポイントにならないこともままある」
石鯛は流れ、水温、潮回りに、場所と餌とタナが合ってはじめて釣れる魚。
早田
「朝まづめでもないんで、ちょっと厳しいかもしれませんね」
石鯛をターゲットにする以上、楽なロケというのはなかなか成立しがたい。
ズズンと重く大野の竿を抑え込んだのはネコザメ。
なんだか五目釣りの様相をていしてきた。
ここからウツボ祭りが始まる。
潮が動き始めて、石鯛っぽい走りをみせ期待させてくれたのは、イラ。
6目の魚種が登場しにぎやかな取材にはなったものの、この日、肝心な石鯛からの魚信はとらえることができなかった。
早田
「あるいは石鯛っぽいアタリもあったのかもしれませんけど、いずれにしろ走り切らせることはできなかったですね」
最終日、すべてをやり切った満身創痍の早田
翌日。後がなくなった早田が寡黙に攻める。なんとか取材を成立させようと鬼気迫るものがある。場所は同じグンカン。前日の撒き餌が効いていれば、石鯛はいる。その可能性を信じて、投入を繰り返す。前日よりも上のタナ、10m付近に狙いを定めた。
独特の構えで魚信を待つ。やがてレギスⅢの穂先をたたき、海面に垂直になるところまで送り込まれた。最後の走りがあればアワセがきまる、のだが、早田がアワせるにはいたらない。そのシーンが日に何度かあったものの、リールのドラグをひきづり出さんばかりの最後の走りをもらうことはとうとうできなかった。
「すみません。ダメでした」
早田が振り返り、寂しそうに笑うと申し訳なさそうにつぶやいた。不安定な春の1日。釣れなかった要因をあげればいくつもあるのだろうが、早田の口から語られることはなかった。ただただ「不甲斐ない」とだけ。
それも石鯛釣り、これも石鯛釣り。
難攻不落のターゲットだからこそ、夢中になれる。簡単に釣れてしまうようなら、これほど情熱を傾けることはないだろう。積み重ねたボウズの先に、珠玉の1枚が待っているのである。
いつかの出会いを約束して、四国に別れを告げた。
再戦の四国第2ラウンド
キレイに締めくくった原稿ではあるが、これで終われないのがテレビの撮影。再撮影が3週後に決まり、釣り場は愛媛県武者泊となった。
前回乗った鵜来島のグンカンとそう遠くない海域に浮かぶ島である。その間、対馬に渡った早田は、60㎝後半、5㎏に少し欠けるくらいの銀ワサを飄々と釣り上げ「まぁ、70㎝はないですもんね」とおごるでもなく、たかぶるでもない。本人にとっては日常の延長で、だいぶいい方よりの日であったとはいえ、特別な日ではないのであろう。早田のプライベートの石鯛釣は70㎝越えの、それもオスが釣れるか否か、それ以外は眼中にないようだ。
そんなプライベートのこだわりを捨て、1枚の石鯛をテレビカメラに収める覚悟で挑んだ2戦目。
40㎝台でもいい。メスでもいい。願わくば60㎝オーバー、5㎏台を地上波にお披露目したいところではあるが、それよりもなによりもボウズでは終われない覚悟で挑む。
早田
「じゃんけんには必勝法があるですもんね」
フカセ釣りの聖地といっても過言ではない愛媛県武者泊・中泊海域。
この武者泊では、3隻の渡船屋が海上でじゃんけんし、その場で磯割りを決めるという仕組みになっている。この日は、フカセ釣りのオフシーズンなのか、客も少なめで沖に集まった船は2隻のみ。日頃、チームで釣りをすることの多い早田は、じゃんけんで釣り場を決めるのだが、長年の経験から導き出された必勝法があるのだと記者に耳打ちしてじゃんけんの場にのぞみ、なんと当たり前のように勝利をもぎとった。
早田
「アブセの船着き」
早田にとって、武者泊は2度目の釣り場で、右も左もわからない。そこで関西に住む釣友が鉄板と教えてくれた釣り場に渡り、釣りに挑む。
持ってきた餌は、赤貝、サザエ、ガンガゼ、ジンガサ。どんなものを準備すればいいのか、季節がどれくらいの進み具合なのか。何があっても対応できるように、エサの硬さとウニ・貝のいくつかを用意した。
強風で時折、磯を洗う大波が打ち寄せるアブセ
北向きの風には強い釣り場だそうで、かなりの強風と雨なのだが、磯には渡れる状況だった。アブセの船着き。その正面に構えた早田。
早田
「浅いですね。投げた先がさらに浅い。12mくらいの根があって、足元と根の間を釣る感じなんですかね。流れはあります」
南方宙釣り手持ちスタイルに赤貝。竿は、がま石レギスⅢ500あわせ。
アタリはすぐにあった。だが、これはエサ取り。さすがに人気ポイントだけに、撒きエサは常に入っているのだろう。しばらくエサ取りのアタリを感じながら、深いタナ、浅いタナ、手前、沖と攻めてみるも手ごたえがない。
気になるのは左手側に見える突き出た低い足場。
「波をかぶってますもんね」
そこは波をかぶっている場所で、右から左への強い流れに引かれ、渦巻く流れが魅力的に見える。数多くの石鯛ポイントを見てきた早田の勘がここ以外にはないと告げている。
波のかぶり具合を観察して、危険は少ないと判断し、釣り座を構えた。
「17mのところに餌が落ち着くタナがありますね」
風ともうねりとも違う感じで穂先が生物感をもって抑え込まれる。2度、3度、かなりゆっくりと大きくおじぎをし、元に戻る。
「石鯛、なのか? ウツボかもしれんですね。もし、石鯛だったらデカい」
しばらく待って回収してみると、サザエの白身がとられて赤身だけになっていた。その赤身をみて、早田の顔色が変わった。
「これは石鯛ばい」
ガムのようにつぶされて柔らかく薄くなったサザエを見て確信する。エサ取りではなく、ウツボでもなく、デカい石鯛だと。
だからといって、できる手があるわけでもなく、いくつかの餌をローテーションし、結局、サザエに戻り、どうやらサザエを気に入っているが、走るには至らない。
早田
「仕掛がついているって全部、わかってるんでしょうね。わかっていて餌をくわえて引っ張って遊んでる」
何かのタイミングで、それこそ朝まずめだとか、潮変わりだとか、お気に入りの餌かもしれないし、きっかけがあればエサに執着して闘争心が警戒心を上回るのかもしれない。
早田
「何かのスイッチが入れば反転して走るんですよ。ただ、今日ではないでしょうね。少なくとも、あと30分以内にそれは起きそうにない」
瀬代わりの時間がやってきた。
ヤッカンのヒナダンにて最終ラウンド
半夜釣りが解禁され、午後から夕方までの第2ラウンドがある。いよいよ崖っぷちであるが、早田に焦りはない。
早田
「一度、来たことがある場所ですね。魚影は濃かった印象です」
ヤッカンのヒナダン。足元に広がる壁は深く、30mほどの水深がある。
早田
「12mあたりを攻めてみますか」
午前中に乗っていた組はガンガゼにアタリがあったという。魚はいる。潮はそれほど走ってはいないようだ。
早田
「沖の潮は流れていて、その潮に引っ張られる流れがあります。緩いとはいえ、流れがないことはないので、口を使う石鯛はいるはずですよ」
船着きの正面に陣取り、しばらく打ち返していた。アタリはあるが、確実に石鯛と思えるほどのものではない。
ふと、何かを思い出したかのように立ち位置をギリギリの端に替え、打ち込んだ。エサはなけなしの赤貝。鮮度よく、赤貝の名に恥じない赤みを帯びた貝をつけて、ポイントに入れる。勝負の時と見たようだ。
早田
「地元の漁師さんがこれしかないけどって分けてくれたですもんね」
赤貝は一昔前なら10㎏800円で新鮮なものがいくらでも買えた。それがいまや全く取れなくなって10㎏10000円。しかも、週に一度の入荷で、入手も困難なら、鮮度の維持も難しい。この日も別で10㎏は持ってきていたのだが、海に沈めていたというのに、死んで白く変色してしまっていた。
そんな早田を憐れんでか、漁に混じってとれた新鮮な赤貝を分けてくれたのだという。当然、つけ餌にするにしても、何投分かしかない。
「死んだ貝は食いが悪いですもんね」
鮮度のよい赤貝は50粒ほどだろうか。午前中にもだいぶ消費している。そのなけなしの赤貝を丁寧に割り、5粒ほどかける。
その竿が小刻みに振れたあと、勢いよく海面に引き込まれる。強烈なアワセで大きく竿が弧を描き、いなすでもなく、それを真っ向から受け止め、安堵にあふれた笑顔で早田が振り返る。
「石鯛、石鯛」
まだ、取り込んでもいないのに、余裕があるのは完璧なタイミングでアワセを入れた自信に他ならない。
「抜き上げるよ」
サイズが大きくないことはわかっていた。
しかし、この1枚に出会うための苦労と重圧がどれほどのものであったかは計り知れない。
あるいは、対馬で釣ったデカ判に相当するほどの1枚だったのかもしれない。
まだ、時間はある。
「最後の赤貝ですね」
すぐに勢いよく走り、す、すす、と竿が送り込まれ、海中に向かって穂先が突っ込むほどの位置で、一寸、止まる。
だが、走らない。
ここで、最後のひと走りをもらえない限り、アワせることを早田は行わない。
早田
「あるいは、ここでアワせて掛かる石鯛もいるんでしょうけどね。サイズが小さければ」
常に70㎝オーバーを狙う早田は絶対に早アワセをしない。デカ判のぶ厚い頬を確実に貫けるタイミングで、絶対に絶対にすっぽ抜けない走りを待って、竿に重さが乗った状態でアワセるのだ。
石鯛の王道。
手先の技術におぼれるではなく、昭和の時代から50年以上も脈々と受け継がれてきた伝統にして王道の石鯛釣りスタイルをどこまでも貫く。
最後に走らない石鯛は、今日、釣る石鯛ではないのである。
早田
「四国の海もいいですね」
いつかの再会を約束し、愛媛の海をあとにした。