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本流師 長谷川 哲哉 2尺サクラマス挑戦記~秋田県雄物川支流玉川、子吉川~ 本流師 長谷川 哲哉 2尺サクラマス挑戦記~秋田県雄物川支流玉川、子吉川~

長谷川哲哉 写真
ANGLER INTRODUCTION

がまかつ テクニカルインストラクター

長谷川 哲哉(はせがわ てつや)

幼少の頃よりアユ釣りに没頭し、アユ・渓流と淡水の釣りにハマって現在に至る。春は渓流で、鮎が解禁になると鮎釣りに移行する。渓流域、本流域のヤマメ釣りはもちろん、遡上系の利根マス釣りも得意とする。また、鮎釣りは球磨川・九頭竜川などの激流をこなす一方で、鮎トーナメンターとして全国大会で活躍するテクニシャンな一面もある。

9mの延べ竿を立てる長谷川。その顔は笑顔を浮かべている。

リールのない
9mの延べ竿の先につながるは
「2尺越えのサクラマス」か。

のべ28時間にもおよぶ挑戦の期限が間近に迫っていた。

前々日の夕方から9mもの本流竿を振り続けて、何投したことだろう。結論からいえば、3日目となるこの日、この瞬間まで目立った成果はなかった。
空が淡いオレンジ色にそまり、残るは1時間。瀬の終わりに広がる淵に胸のギリギリまで立ちこんで、対岸にコンクリートブロックが積まれたポイントで長谷川は本流竿を振った。使い通していた水中糸1.5号を、この時はじめて2.0号にあげ、本来はとんとんないし短手尻を好む長谷川だが、あえて手尻を60㎝ほど長くとった。餌はドバミミズ。ウェーダーの浸水ぎりぎりに立ち、目いっぱい沖へ振り込むと、ブロックのはるか手前にミミズが着水する。そこから下流へと流していき、下竿になるが、それでもまだ探れるのが手尻を取った意味である。3Bを4個つけたオモリも、いつもの感覚よりは多めであろうか。
その目印が、短く、小さく、しかし、鋭く、わずか数センチ引き込まれた。

!!!

ウグイでも、ニゴイでも、ヤマメでもない魚信を確信し、深く食い込ませるために送り込もうとした瞬間には、目印が水中にぶっ飛んだ。間髪を入れずにアワセを叩き込むと、強烈な引きとともに本流スペシャルⅡ XXH90が大きく弧を描き、水面下で銀色の巨躯がギラギラと舞った。

デカい。

水面の下へと続くライン。その先から水飛沫が上がっている。
餌箱の中でうごめく数匹のミミズ

本流の大物釣りはもはや伝統芸能の領域か

渓流釣りが小さなブームである。しかし、その大多数はルアーであり、一部、テンカラであり、わずかなフライマンもいるようだが、餌釣師の割合はこの30年で激減している。その餌釣師のひとりである長谷川に、今回、課せられた使命はサクラマスを釣ること。それも2尺、60.6㎝を超えるサクラマスを釣ることである。無論、延べ竿を用いて。

本来、疑似餌に比べて、何かしらの優位性があるはずの餌釣りであるが、ことサクラマスに関していえば、なんのアドバンテージもない。銀化した一部のヤマメが海へと下り、1年後の春に川を遡上する。その間、口にする餌といえば、オキアミに小魚といったところだろうか。そうして川に帰ってきたサクラマスは餌を口にしなくなるといわれている。
テリトリーを意識したサクラマスに威嚇行動を仕掛けさせる。あるいは、海での摂餌の記憶を呼び覚ます。または、反射行動で飛びつかせる。いずれにしろ、ルアーであれば容易とは言わないが、可能な行為だ。だが、餌釣りとしてはどうだろうか?

イワシやイカナゴ、あるいはオキアミやイカを食べていたであろうサクラマスに、ミミズやブドウ虫を見せつける。何と誤認して口を使うのか、あるいは、河川においても食事をとるのか。いずれにしろ、ルアーに比べて餌の方が不利という珍しい釣りがサクラマス釣りである。つける餌が不利ならタックル面も不利で、リールを装着しない延べ竿であるから、投げることはできない。竿の長さは9m程度で、河川で立ってみれば理解できるが、せいぜい13mくらい沖までしか探れないし、流せる距離だって知れている。その距離感は、ルアーマンがチャレンジしたら絶望的な距離に思えるだろう。

「一体、なぜ、餌で釣るのですか? どんなメリットがあるのですか?」

同行のカメラマンが口にしたセリフは、いまどきの釣り人心理の的を得ているのだろうが、その問いにあえて答えるとするならば、「己が信じた道だから」である。

不利を承知で、難しいことにチャレンジする。安楽な道を歩む釣り人ばかりになった令和の今、延べ竿で大物にチャレンジするなど、想像だにしないのだろう。渓流釣り全盛の時代には、多くの本流釣り師がサクラマスに挑み、そのほとんどが散っていった。わずかばかりの人が幸運にもサクラマスを手にすることができたのだろう。しかし、そんな過去も今は昔。もはや、本流竿でサクラマスを狙うなど、伝統芸能の世界であり、世にいったい何人のサクラマス本流釣り師が現存しているのだろう。

がま渓流 本流スペシャル2 竿画像

長谷川もまた、その数少ない本流師を代表するひとりである。

長谷川にとって、魚釣りとは1対1の延べ竿の釣りであり、たとえ獲物が大きかろうと、糸巻機の入り込む余地はないのである。すべての魚族を延べ竿で釣る。己が信じた道を邁進するのが釣道であり、有利とか不利とか、そんな損得勘定で釣りはしていないのである。

漢・長谷川の歩む道とはつまりそういうことである。

「俺にはこれを振るしかできないさ」

不器用な生き様をする師の背中を見続けてきた長谷川である。迷いはない。まして損得、有利不利などというものははなから頭にないに違いない。

「サクラマス」という幻の魚について

岸に横たわらせたサクラマスの頭部

サクラマスという魚を狙う人が減ってしまったために、この魚の情報に関して知る人が少なくなってしまっているかもしれないので、どれほど希少で難解な魚に挑むのかを語る必要があるだろう。

利根川の景色。川を渡る鉄橋が写っている。

サクラマスとは降海型のヤマメである。銀化したヤマメが1年間、海へ出て帰ってくる。その大きさの基準が難しいのだが、日本海側の東北であれば60㎝前後が望める。

「最近は、岩手とか宮城とか、太平洋側でも60㎝オーバーがけっこう上がっているよね。昔は、太平洋は一回り小さいイメージだった」

ただし、一方で、数は減りに減っている。地球温暖化の影響は疑いようもなく、近似種であるサケに関していえば、危機的状況にあり、定置網での漁で北海道でさえ獲れない。代わりに見たこともないブリが豊漁とくれば、生物相が変わってしまったといっても、間違いではないだろう。当然、サクラマスに関してもひと昔前、ふた昔前と比べれば、数は減っている。特に、福井・鳥取エリアはだいぶ苦しい。県魚として指定されている山形でも、豊漁よりは不漁の話の方が多い。本州であれば、聖地と呼ばれる秋田も例外とはいいがたい。サケマスにとって地球温暖化とは生息地を北上させることを意味するに違いない。

「15年前になるかな、秋田のサクラマスに通いだしたのは。釣るには釣っていて、ただ、大きくないの。50㎝前半までしかとっていない。やっぱりサクラマスというからには、60㎝を超えるのが獲りたい。2尺ヤマメっていうくらいだからね」

そんな秋田詣でも5年ほど前から途切れている。年を重ねるに従い、釣り関連で任される肩書が増え、鮎のシーズンともなればプライベートな時間がない一方で、常に週末は家を空けることになる。

「なかなかプライベートで二日も釣りに行くなんていう贅沢は言いだしにくいよね」

この業界にはめずらしい真人間のような発言に思わず耳を疑ったが、長谷川とはそんな人間なのである。それゆえ、ここ5年は秋田ではなく、利根川で利根マスを狙っていた。片道一時間、日帰り圏内である。

釣獲率というのもおかしな話だが、ここまでの話からもわかるように行けば釣れるような魚ではない。どころか、ルアーであれエサであれ10回行って1匹も釣れたら御の字に違いないとすれば、釣獲率は5%かせいぜい10%程度ではないだろうか。山形を流れる聖地・赤川を例にとれば、3年に1匹釣れればいい方というくらいに稀有な魚であり、市場価格の話を釣り人は知らなくてもいいのだろうが、魚市場で1匹45000円の値がついていたとか、食べておいしく釣って難しい、実に希少な魚なのである。

それでも長谷川はミッションの達成を信じて疑わない。

川を背に、釣り上げたサクラマスを両手で持つ長谷川

本流師
ならではの釣期の背景

「渓流師にとっては、ひとつの頂点といっていいでしょうね。もっと大きい魚でいえば、サケやイトウもいるんですが、太い糸・強い竿で釣れたり、ちょっと毛色が違うというか、サクラマスは、あくまでヤマメの延長で釣れる渓流魚という感じなんですよね。だから、糸の強度も竿の強度もギリギリなんですよ。うん、サクラマスは特別な存在ですね」

60㎝前後が多く、70㎝ともなれば一生モノの大物となる。
秋田のサクラマスと聞いて、6月1日の解禁日を思い浮かべた人は、ベテランに違いない。いまは、4月1日に前倒しになったことで、解禁からシーズン終わりまでの期間が2週間から2か月強に伸びた。地球温暖化のあおりをうけて、さすがに見直されたようだ。だから、魚がスレていないフレッシュな解禁日に行こうと長谷川に提案すると、それは難しいのだという。

「その時期は雪代が出ていて、川の水が太い。射程距離が50m級のルアーならハイシーズンかもしれないが、9mの延べ竿では釣りにならない。近づくことすらかなわない」

岸に横たわらせたサクラマス

東北の山々が冬に蓄えた雪は春の訪れとともに雪代、つまり、雪解け水となって川に流れ込む。この時ばかりは平常時の2倍3倍の水量を誇り河原に近づけないほどの迫力となる。解禁から1か月たったゴールデンウィークに、この5年ほど釣友の齋藤テスターが秋田に足しげく通っているが、そのタイミングではまだどうにも水が高く、いまいち釣りが成立していないのだという。

「だから、5月20日前後がベストシーズンで、まあ、6月の上旬でも釣れるんだろうけど、鮎が始まっちゃうからねぇ。僕の身が自由にならない」

ゆえに5月後半が遠征組の本流師にとって外しなく釣りができるシーズンといえる。そうして、2024年5月18日、19日、20日に釣行を決定した。

辺りを緑に囲まれた川の風景

名人を惑わす
大雨と大増水

長谷川が秋田へと到着する24時間ほど前に、988ヘクトパスカルの中心気圧を誇る春の台風と呼んでもよさそうな低気圧が通り過ぎ、あわや撮影スタッフの飛行機が着陸できないかもしれないという事態だったのだが、それは置いておいて、問題は雨である。上空から見た秋田空港の景色は、日本海へと注ぐ雄物川の濁流をいやでも印象付けた。秋田三大河川の米代川、雄物川、子吉川のうち、延べ竿で狙うなら、子吉川が規模的には狙いやすい。いや、かろうじて釣りになる。その子吉川が1.5mも増水しては、もはや釣りは成立しない。
「2024年は雪代の収まりが早すぎる。一雨、欲しいくらいだ」などと口にしていたのだが、これほどの増水は願った覚えがない。子吉川の流れる由利本荘から60キロほど北上した雄物川の一大支流・玉川に釣り場を変更した。様子見の初日、釣りができるのは夕方の2時間。松倉頭首工下流の120m地点から、絞られた瀬の中にミミズを流すが、増水しているためか、仕掛けのなじみが悪い。

「見た目以上に速い。ちょうどいい速さで底波に入るいい流れがなかなかない」

500mほどの瀬であるが、サクラマスが定位できそうな流れがないのである。もちろん、増水のせいであり、平水なら十分、ポイントになるだろう。

「とはいえ、2週前のゴールデンウィークよりはずっと水が低いですよ。」

様子見もかねて訪れていた齋藤テスターが話す。これなら釣りができないほどではない水量と濁り具合ではない、と。翌日にはさらに好転しているであろう。

腰まで川につかり、竿を斜めに構えアタリを待つ長谷川

雄物川の一大支流
玉川に勝負をかけた2日目

2日目。水位は落ちてきたが、濁りのとれない子吉川を見切り、この日も玉川に狙いを絞った。ポイントを見て、着替え戻ってくると対岸にはルアーマンが入っていて、なんとサクラマスを取り込んでいる。着替えもせずにのんきにポイントを眺めてる場合ではなかったという後悔と、サクラマスが居て口を使ったという希望と、釣り人の中に渦巻く感情は、どれほどの年月を重ねたベテランであろうと抱える感情は変わらないものだ。

対岸にコンクリートブロックを積んだ、川幅の狭まったほどほどの瀬である。渓流と本流の違いがあるとすれば、底に沈む障害物の多さであろうか。対岸に倒木があり、流心には何かしらのブロックか障害物があるであろう水面のヨレに餌を打ち込むと、竿を立てるころには根がかってしまった。かといって、そのヨレ具合は間違いなくポイントなのである。

高めの位置に仕掛けを保持しておいて、障害物を抜けたあたりで竿を徐々に下げ餌を送り込むと、根掛からせずに底波に餌を入れることができるという技で障害物を回避する。そうして流すと、もぞもぞ、ごそごそ、と鈍くアタり、ゴンと引き込んだが、アワせる前から正体がわかっていたのだろう。

「タロウ、タロウ」

群馬でいうところのタロウはウグイのことである。
とはいえ、そのウグイのアタリも頻発するわけでもなく、まだまだ、川は増水模様で全体的に生物の活性は高くないのかもしれない。

だが、次の瞬間、ドボンッ目の前で魚がはね、重々しい音とともに大きな水しぶきをたてた。

しなる竿を操作する長谷川

「サクラマスだ。でかい。丸々としていた」

遡上してきた10㎝ほどの鮎と戯れたのか、それとも気分転換にはねたのか、ともかくサクラマスの魚影であった。初めて訪れた場所ではあるが、この場で勝負すると決め、夕方までに粘ることにした。

「とはいえ、跳ねているサクラマスは、口を使いにくい。移動途中だったりするから、チャンスとはいえないんじゃないかな」

大きくしなる竿を操作し、魚の動きを見極める長谷川

数時間後。目の前の瀬と淵を探り切り、2か所ほどに狙いを絞った。石の小さい中流域である。やはり流れの中に沈む障害物まわりは無視できない。

ガタガタガタ プンッ

ウグイとはあきらかに異なるアタリ。スタッフに振り返り一言。

「サクラマスかな?」

ハリには乗らなかったが、可能性を感じるアタリに長谷川のテンションが上がる。

ガガガッ

なにやら鋭いアタリに反射的にアワセを入れ、強烈に竿が絞り込まれたかに見えたが、ピンッと跳ね上がる。

竿を脇に挟み、仕掛けに近い位置でラインを持つ長谷川。斜め後ろを見る表情は悔しさに溢れている。

「アーーーーっ」

やってしまったとばかりに天を仰ぐ。それはウグイとは違う魚であったことが見ているだけでわかった。マス族特有の首振りのように見えた。少なくとも50㎝は超えていたのではなかろうか。要するに、サクラマスだったに違いない。

この時点で、1日の半分の時間が経過していた。

30㎝の海からの使者は
サクラマスとなりうるか?

この日のクライマックスがやってきた。あわせた竿が絞り込まれ、長谷川に緊張がみなぎる。

「本物・・・・・・だ?」

ギラギラと抵抗するサクラマス。だが、竿を絞り込むでもなく、長谷川が制する。技というよりも、重さが足りない様子だ。難なくタモに収まったその魚は、確かに銀ピカに輝いていた。

「釣れてくれた魚に小さいっていうのは、失礼だよね。そうなんだけど、確かにサクラマスには違いないとしても、胸を張ってサクラマスを釣ったっていうには、申し訳ないけど小さい。釣れてきてくれてありがとうには違いない」

30㎝ほどだろうか。ポロポロと零れ落ちるウロコは、今しがたまで海にいた証に違いなく、海に行ったヤマメである以上はサクラマスなのだろうが、60㎝はともかく、50㎝、いや、せめて40㎝くらいないことには、いかんとも表現しがたく、尺ヤマメともサクラマスともいいがたい海から来た使者を川へと放す。

「海へ下ったはいいものの、サクラマスの群れを見つけて一緒に帰ってきちゃったんだろうね。まあ、このサイズじゃ終われない。まわりが納得してくれないよね。2尺にはほど遠い」

タモ網に収まった30cmのサクラマスと、その後方でしゃがみ、笑顔を見せる長谷川
竿を斜めに構え、アタリを待つ長谷川

玉川を見切り、あえて濁りの入る子吉川をセレクト

最終日。玉川で粘るか、子吉川に一縷の望みを託すか。あるいは双方をはしごするか。正解というものはないのだろうが、長谷川は子吉川でのチャレンジに掛けた。

「この4日間、かな、ほとんど触られていないし、増水して新しい群れも入ったかもしれない。子吉川でやってみましょう」

朝一は発電でとられていた水が流れ込む排水口。本流は水量が少ない一方で濁っているのに対し、排水口の水量は多く、澄んでいる。本流と排水の合流点の下には、瀬が広がり、川幅も狭い。一級ポイントであり、人気ポイントであろう。だが、結論をいえば、瀬や淵を探ったが、アタリはなかった。

「見た目よりも流れが早かったり複雑で、いい場所がほとんどない。魚が安定して定位しやすい、ここだと信じれる場所がないな」

しなる竿を操作する長谷川
釣り上げ、岸に横たわらせたニゴイを見つめる長谷川

その排水の流れ込むよりわずかに上流にある瀬の流れ込みに流し込んだ時だった。ドスンと音が聞こえそうなほどに絞られる本流竿。力強くも重々しく抵抗する。間違いなく、60㎝に絡む大物に違いない。きたか?

しかし、長谷川のファイトにどこか緊張がない。

「だって、あんなアタリだったし、ほら」

黄金に輝く、鋭い顔のコイ科の魚が上がってきた。流れの早い一等地であるにもかかわらず、上がってきたのはニゴイである。60㎝に少し欠ける獲物ではあるが、当然、狙いの魚ではない。だからといって、ぞんざいに扱うでもなくリリースすると、場所移動することにした。

人気ポイントに舞う「2尺越え」のサクラマス

公園に隣接する人気ポイントが2か所目のポイント。

長い瀬の瀬尻には大きなトロ場が待ち構えている。瀬の中段から釣り始め、ブロックの前のトロ場まで下った時だった。ちょうど届かない対岸でサクラマスがライズをした。依然、アタリはない。しかし、2時間ほどの間に1度ではなく何度かのライズを見ることができて、たしかに、はっきりとサクラマスであった。昼食をはさんで、上流へ移動。攻める場所の基本を瀬とみなしているのだろう。この瀬も見た目の流れはいい。だが、アタリが無い。もちろん、そう簡単に釣れる魚ではないことは100も承知である。そうして時計は15時半を回った。回ってしまった。移動を考えれば残りは2時間。ラスト一か所になろう。

「ダメかもしれないな。」

自宅のある群馬からの道中、あるいは、釣りの移動中、気迫みなぎる長谷川は何としてでも釣るという覚悟と決意と自信にあふれていた会話がなされていたという。だが、最後のポイントへの移動の道中、何かをかみしめるようにはじめて弱音を漏らしたという。

何か所か回ったうえで、唯一、魚影が確認できた長瀬橋下流の公園付近を勝負の場に定めた。遡上途中の群れがもっとも濃く、夕方に活性が上がれば、あるいはチャンスがあるのではないだろうかという読みである。

股下まで川に入り、竿を斜めに構えてアタリを待つ長谷川
竿を立て、大きくしなる竿を操作する長谷川

あきらめかけたそのあとに
訪れた奇跡の瞬間

そうして、冒頭のドラマに戻る。

一気に下流ないし、沖を目指し疾走する動きに備え身構えた。だが、すぐに方針変更し、あわてるかのように川の真ん中から岸へと進路をとった長谷川。獲物がでかいのはわかる。しかし、のされないようにためるというよりは、竿にテンションを掛けることに必死になっている様子だった。

竿を立てて操作する長谷川と、その模様を見守るスタッフ陣

「めずらしいケースだが、ミミズを喉の奥まで飲み込んでしまったのだろう。アワせて水面で暴れる際に、血を吹いたのが確認できた」

本来であれば、体験したことのないほどのスピードで暴力的なまでに疾走するはずのサクラマス。ところが、同じ場所でもごもごとしている。一度は大きく弧を描いた竿も、危うげのない適度なテンションで安定した曲がりを保持している。水面に広がった血から推測するに鈎掛かりの位置が深く、外れにくい喉奥かエラまわりに掛かっているのだろう。
撮影スタッフをかき分けて岸まで戻った長谷川が慎重にいなしている。岸まで戻っても腰まである水深と長くとった手尻が竿にテンションを掛けづらくさせている。これが最初で最後のチャンスであることをその場にいた誰もが理解していた。

「あせるな、あせるな、あせるな、あせるな」

「早く早く早く早く!取り込んでしまえ」

矛盾する感情を抑え込み、完璧なやり取りでサクラマスの体力を絞りとる。

「バレるなよ・・」

運にゆだねるしかない要素もある。

13m、9m、5m、3m……

サクラマスとの距離がだんだんと狭まっていく。
勝負の期と見るや、本流スペシャルⅡ XXH90を天高くつき上げ、素早く差し出した鮎ダモに銀色の巨体が滑り込む。

真近くまで引き寄せたサクラマスをタモ網に収めようとする長谷川。その模様をスタッフ陣が見守っている。
サクラマスを収めたタモ網を両手に持ち、笑顔が溢れる長谷川

よっおぉおぉぉっっし。

誰からともなく河原に歓喜の声がこだました。
長谷川の脳裏に駆け巡るのは、陰に日向にサポートしてくれた釣友・齋藤と片時も目を離さず見守り撮影してくれた総勢5名のスタッフとともに過ごした28時間の出来事か。その想いに報いれたことに何よりも安堵したのだろう。

「ダメだ。泣きそうだ」

総走行距離1483㎞ のべ28時間に及ぶ
挑戦の幕を閉じようとしていた。

尻尾の先は、62.5㎝の目盛りを指していた。

岸に横たわらせたサクラマスの下から両手を添え、じっと見つめる長谷川